東京地方裁判所 昭和22年(ワ)468号 判決
原告 西山庄太郎
被告 細田啓
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し東京都台東区雷門一丁目八番地の五所在家屋番号同町第八番の四木造瓦葺平家建店舗一棟延坪二十七坪二合五勺及同所同番地所在木造「トタン」葺平家建住家一棟建坪十坪五合八勺三才の各建物を收去して右各建物の敷地たる同所同番地の五宅地二百四十坪四合八勺の内中央部南寄り七十四坪を明渡し且昭和二十三年十月十一日より昭和二十四年五月末日まで一ケ月金三百七十九円六十二銭同年六月一日より右土地明渡済に至るまで一ケ月金千六十七円八十二銭の割合による金員を支拂え訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として原告は昭和二十年十一月七日被告に対し原告所有に係る請求趣旨記載の宅地二百四十坪四合八勺の内中央部南寄り八十六坪を堅固ならざる建物所有の目的で賃料一ケ月金二百円毎月末日拂期間二十年と定めて賃貸し被告は右土地上に請求の趣旨記載の店舗及住家並に木造「トタン」葺平家建店舗一棟建坪九坪七合五勺を建設所有していたところ被告は昭和二十一年十一月二十六日原告の承諾なくして前記建物の内木造「トタン」葺平家建店舗一棟建坪九坪七合五勺の建物を其の敷地十二坪の借地権と共に中華民国人の訴外銭有來、同姚元発、同呉宝財の三名に讓渡した。そこで原告は被告に対し昭和二十一年十二月二十一日附内容証明郵便を以て右無断讓渡を理由として原被告間の前示八十六坪の土地の賃貸借を解除する旨の意思表示をなし、右書面は翌二十二日被告に到達したから同日を以て右賃貸借は終了した。仍て被告は原告に対し直ちに右土地八十六坪の中借地権を讓渡した前記十二坪を除く七十四坪をその地上に存在する前示各建物を收去して明渡すべき義務あるに拘らず之を履行せずして原告の所有権に基く右土地の使用收益を妨げ因て原告に相当賃料額の割合による損害を蒙らしめているから原告は被告に対し右土地の明渡並に地代家賃統制令の定めるところに從い昭和二十三年十月十一日より昭和二十四年五月末日まで一ケ月金三百七十九円六十二銭昭和二十四年六月一日より右土地明渡済に至るまで一ケ月金千六十七円八十二銭の各割合による損害金の支拂を求めるため本訴請求に及んだと述べ被告の抗弁事実を否認した。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め答弁として原告の請求原因事実中賃料が一ケ月金二百円の約定であつたこと、被告が借地権の讓渡につき原告の承諾を得なかつたことは何れも否認し右土地の相当賃料額は不知その余の事実は全部認める、尚被告は借地権讓渡については昭和二十一年十一月二十日頃原告の承諾を得たものである、抑々本件土地の賃貸借は原告及被告先代從つて又被告とも別懇の間柄にあつた訴外中山久次の斡旋によつて成立したものであつて契約に際し土地の坪数は百坪であるとの原告の言葉であつたので、権利金を坪当り金二百円合計金二万円、賃料を坪当り一ケ月金二円合計金二百円と定め昭和二十年十一月七日被告は右中山を通じ右権利金二万円を原告に交付したが、その際右中山は原告に権利金千円の減額方を申入れ、原告の承諾を得たので此の分は敷金として差入れることとし、被告が本件土地上に建築すべき建物の建築許可申請をなすに付原告は承諾書を作成交付したのである。然るにその後被告が建築をするについて本件土地を測量したところ、土地の坪数は百坪に不足することを発見したので、右中山を通じ正確な坪数の明示を求めたが、原告は之に應ぜず、そこで被告は所轄区役所について調査した結果正確な坪数は八十六坪であることが分明となつたので右中山を通じその旨を傳えたところ、原告は地代及権利金の一般に高騰したことを理由に坪数を八十六坪として地代権利金を前記約定額とすることを申出で被告が之に対し権利金を其儘とし地代のみは坪当り一月金二円の割合で計算して支拂うべき旨を主張したにも拘らず之を容れず爾來賃料の受領を拒絶して現在に至つたものである。從て本件借地権の讓渡につき原告の承諾がなかつたとしても、原告は権利金及地代に関する右のような不法な自己の主張を貫くために本件賃貸借解除の措置に出たものであつて、かくの如きは正しく権利の濫用に外ならないから右契約解除は無効であると述べた。<立証省略>
三、理 由
昭和二十年十一月七日原告が被告に対し、原告所有に係る東京都台東区雷門一丁目八番地の五所在宅地二百四十坪四合八勺の内中央部南寄り八十六坪を堅固ならざる建物所有の目的で期間二十年と定めて賃貸したこと、被告が右土地上に家屋番号同町第八番ノ四木造瓦葺平家建店舗一棟建坪二十七坪二合五勺、平家建居宅一棟建坪十坪五合八勺三才並に木造「トタン」葺平家建店舗一棟建坪九坪七合五勺の建物を建設し昭和二十一年十一月二十六日右建坪九坪七合五勺の建物を其の敷地十二坪の借地権と共に訴外姚元発他二名に讓渡したこと、原告が同年十二月二十一日附内容証明郵便を以て被告に対し右借地権の無断讓渡を理由として右賃貸借契約解除の意思表示を爲し右書面が翌二十二日被告に到達したことは当事者間に爭がない。被告は右借地権の讓渡については原告の承諾があつた旨を主張し、被告本人は被告の右主張に副うような供述をして居るが該供述は当裁判所の信用し得ないところであり、又証人細田傳次のこの点に関する証言は傳聞に過ぎず採つて以て右事実を肯認すべき資料となし難い。却て証人西山俊雄、同細田傳次、中山久次(第一、二回)被告本人の各供述を綜合すれば、本件賃貸借の締結に際し原告は本件土地の坪数を百坪ありと告げたので一旦権利金を坪当り金二百円合計金二万円賃料を坪当り一月金二円合計金二百円と定め、その後右権利金二万円の授受の際本件賃貸借の仲介人である訴外中山久次の口添えによつて権利金千円を減額しこの分を敷金として差入れることとしたがその後実測の結果本件土地の坪数は八十六坪であることが判明したので、被告は右中山を通じ坪数の減少の割合に應じ権利金及び賃料の減額方を請求したところ原告は地代及び権利金の高騰を理由に前記約定額の支拂を固執して讓らず、被告も権利金は別として地代は坪数の減少に應じ減額方を主張して妥結に至らず、被告より地代の支拂、契約書の差入れもなかつた事情にあつて被告より右借地権の讓渡について原告の承認を求めた際原告は直に之を承諾せず、被告より右借地権等の讓渡の対價の三割を交付するに於ては承諾すべき旨を回答し被告に於ても原告の右申出を容れなかつた事実を認めることができるから原告は結局に於て被告の右借地権の讓渡を承諾しなかつたものと認めざるを得ない。然らば原告は原告の承諾なき右借地権讓渡を理由として本件賃貸借契約を解除し得るものの如くであるけれども被告は右契約解除は権利の濫用であると抗弁するのでこの点について判断する。思うに賃借人の資力性行職業等が異るときには物の使用收益の方法程度等にも自ら差異を生ずるから、賃借人が何人であるかは固より賃貸人の利益に関し重大の関係を有するものとなさねばならない。民法第六百十二條が賃借人が賃貸人の承諾なくしてその権利を讓渡し第三者をして賃借物の使用又は收益を爲さしめたとき、賃貸人に與えるに契約の解除権を以てした所以のものは正にこの点に関する賃借人の背信の行爲に対し制裁を科したものに外ならない。然るに前記認定の事実によれば原告は被告より右借地権の讓渡について承諾を求められた当初被告に対し承諾の條件として被告の取得した借地権等の讓渡の対價の三割の交付方を要求し、被告が之に應ずるに於ては借地権の讓渡を承諾すべかりしものであつて從て原告は根本に於て借地権讓受人たる姚元発等が借地権を取得して、土地を使用收益することについては何等異存がなかつたところであり即ち原告は被告が借地権を讓渡したことを以て賃貸借の前提をなす対人的信頼関係の破壞があつたとなすものではなく、事は單に讓渡の対價の分配並びにその方法に関する問題に過ぎなかつたことを看取することができる。のみならず本件の経過に於て一般物價に伴う土地権利金の奔騰を見るや、原告は右借地権讓渡を承諾する代償として被告の取得した讓渡の対價と対比して過当なる更に多額の金員を要求して讓らなかつたものであつて、原告の本件賃貸借解除の目的は結局契約成立後借地権利金が昂騰したため、被告に対し権利金の増額を求め、被告が之に應じなければ他に有利な收益の方法を講じようとするにあること詢に明瞭であるから、一方に於て前述した民法第六百十二條の法意と原告の右契約解除の目的を考え他方に於て原告が本件賃貸借の締結に当り当時として相当額の権利金を被告より徴して居る事実、被告が借地権を讓渡した土地は被告の賃借せる八十六坪の土地の内十二坪で小部分に過ぎない事実及び本件建物の收去によつて生ずべき社会経済上の損失に想を到すときは、原告は、正しく法律が権利を認めた社会的目的を逸脱して解除権を行使するものと謂うべきであつて所謂権利の濫用として契約解除の効力を生じないものと断じなければならぬ。然らば本件賃貸借契約が解除されたことを前提とする原告の請求は失当として之を棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 仁分百合人 吉岡進 香川保一)